モニターの向こうがわ

Webサービスやアプリを作っている人が見たり考えていることを綴っています

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ソシオメディア UX 戦略フォーラム 2014 Spring

ソシオメディア UX 戦略フォーラム 2014 Springに参加してきました。FIt Associates LLCの創設者である Marc Rettig 氏をメインスピーカーに向かえ、3月10日と12日の二日間に渡って開催されたフォーラムです。

ソシオメディア | ソシオメディア UX戦略フォーラム 2014 Spring

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近頃は UX に関するメソッドやプロセスなどは日本語でも十分に拾うことができ、また 経営陣が UX そのものの価値について理解があるというシチュエーションも珍しくなくなってきていると思います。UX という概念の認知としては、ある意味成熟期に入りつつあると言っていいのかもしれません。しかしそういうフェーズならではの課題 -- 組織的に取り組むにはどうすれば -- が浮かび上がっています。そういう経緯からか、UX がプロジェクトマネジメントもしくは組織経営といった文脈で語られる場面が多いと感じます。

本フォーラムの呼びかけもそういった色が強く、また参加者についても同じような課題を持った方が多かったような印象を持ちました。

詳細については上述したリンクを参照していただくことにして、以下私が個人的に持ち帰ったインサイトを紹介いたします。

Design for Experience

Marc Rettig 氏が「UX ではなく Design for Experience」と言っていたのが印象的でした。User にフォーカスを当ててしまうと、何か利用者や顧客をモデル化する(ペルソナを作る)のが目的になってしまいがちで、デザインにおける重要なプロセス(課題を発見する)が欠落してしまう可能性があるとのことです。

一時期はペルソナをパーソナリティまで詳細に定義していた時期がありました。しかし最近では Lean や Agile の流れもあり、より素早く作れて周囲にも共感を得やすい要素に絞ったプラグマティックな方法が一般的です。

ユーザー定義に過度にこだわるよりも、体験が解決すべきターゲットであるという課題設定の仕方は納得感が高いです。

人は見ようとしているものしか見えない

これはデザインリサーチの文脈で語られていました。Awareness Test という動画があります。


Test Your Awareness: Do The Test - YouTube

人は予め問題が定義されていると、それ以外のものに目を向けなくなるようです。逆にいうと人間の集中力が発揮されているのかもしれませんが、顧客の潜在的なニーズに目を向けて課題を解決していく UX の文脈においては、それが制約になってしまいます。

リサーチの設計をするときは「何を知りたいか、リサーチの目的をちゃんと設定してから設問を設計する」というのがセオリーです。ただ、これは旧来然とした、例えばマーケットリサーチなどにおいては有効なものかもしれませんが、デザインリサーチにおいては必ずしも当てはまるわけではないようです。

デザインリサーチについて、もっと理解を深める必要があると感じました。

バブル

対象物を見る際のパースペクティブを、氏は「バブル」と呼んでいました。プロダクト/サービスには企業のバブルから見る面と顧客のバブルから見る面があります。その融合点を「タッチポイント」と表現していました。そこにあるのが UX だと思うのですが、UX デザイナーはそれら二つのバブルを仲介や翻訳して橋渡すのではなく、二つを大きなバブルで包むことが役割であるようです。

この表現はとても分かりやすく、最近よく聞く「顧客をメンバーに加えたチーム」などといったテストドリブンなチーム編成や開発手法のベースにもなっているように思えます。

またこのバブルは組織間にも存在しています。「タコツボ」とか「サイロ」などで言われることが多いのですが、組織のバブル同士があまりに離れていると、セクショナリズムに陥っていまい、UX の根幹である協調デザインに支障をきたします。UX デザイナーという職種は、企業と顧客をつなげるだけでなく、組織における関係者をもつなぐことも、大事なミッションです。

複雑さをどう理解するか

人々の生活は日に日に複雑になってきています。その生活の中で抱える問題も同じく複雑になっており、それらの課題をどう解決するか、新しい未来やビジョンをどう提示するか、が企業の存在価値になってきています。

一昔前までの Product Design 的手法では顧客の複雑さが把握できない・・その問題を乗り越えるために出てきたのが UX です。

では、その複雑さをどう理解すればいいのでしょうか。

Marc Rettig 氏は複雑さを3つに分解し、それぞれに用いるべきアプローチを紹介してくれました。

問題の複雑さの類型

  • Social: 考え方や興味の多様化
  • Dynamic: 因果関係の弱化(時や場所によって様々に変わる)
  • Generative: 予見性の低さ

それぞれへの対応アプローチ

  • Participantory: 顧客をまきこんだデザインプロセス
  • Systemic: 体系だった俯瞰。個別対応ではなく。
  • Emergence: 活動や組織のたえまないadjust と improvement

上記のように、顧客の課題やニーズは絶えず変化し、再現性・予見性が低いゆえに旧来のアプローチでは顧客を理解することはできず、またこれまでのベストプラクティスや成功事例の適用も難しくなっています。我々企業側はこれを深く認識し、メソッドやプロセスなどについても本質まで噛み砕いて学習し、コンテキストにあわせて柔軟に適用する必要がありそうです。

Everything depends

質疑応答では参加者が抱える課題が Marc Rettig 氏に投げかけられました。彼の回答はほとんど以下の言葉で始まっていました。

"It depends(場合によるね)"

黄金則が機能しない状態、つまり環境の複雑化やソリューションの多様化を彼のこの言葉がよく表していると感じました。もちろんその後彼は自分の経験に基づいて我々にヒントを与えてくれました。興味深いことに、ほとんどの質問への答えは「傾聴すること」「謙虚になること」に集約されていました。

謙虚に傾聴すること

彼は「組織の幹部がUXの価値を理解してくれないときにどうすれば良いか」という質問に対し、こう答えていました。

「UX の価値を説得しようとするのではなく、相手の課題を理解することが大事」

顧客の課題が複雑であるように、企業内における問題も複雑になってきています。エビデンスを用意して幹部を説き伏せるのではなく、経営者が抱える課題を聞いて相互理解を深める、人間関係を築く、意見交換をする、といった姿勢が大事なのです。

顧客について何も知らないことを謙虚に認めるところからスタートし、観察を通じて課題を発見する。解決策の創出にあたっては独善的に進めるのではなく他部署・社内外と協調してそれぞれの立場からの見解を取り込んでいく。

フレームワークを駆使したり、ビックデータから行動を分析したりといった方法とは全く違うアプローチです。

まとめ

前述しましたが、UX デザインについてメソッドやプロセスなどはもはや語りつくされた感があります。実践者が現場でそれらを適応する中で、これまでと違った壁に突き当たり、その中から組織的な転換や根本的な考え方の変化が求められて「UX 戦略」といった文脈でディスカッションが展開されているのだと思います。

普段、業務の中では目の前のタスクに追われてなかなかここまで意識することが難しいです。しかし本フォーラムで生の声を聞くことができ、自分が変化の真っ只中にいること、そして自分が変わっていかないといけないことを再認識できました。複雑化した環境だからこそ、小手先のテクニックを追い求めるのではなく、マインドセットのような本質の部分や自己変化への準備こそが実践者として大事にしないといけないことだと感じます。

蛇足ですが、フォーラムの中で語られたうちのいくつかが最近読んだ(UX とは関係ない)本に書かれていたこととリンクしていましたので紹介したいと思います。

 

ファシリテーション入門 (日経文庫)

ファシリテーション入門 (日経文庫)

 

 バブルを繋げるために必要なスキルとしてファシリテーションがあります。本書は入門書だけあって簡潔ですが、リーダーシップという意味でファシリテーションを捉えているのが印象的です。テクニックではなく「なぜそうする必要があるのか」にも言及しています。本書の「支援型リーダーシップ」は本フォーラムで紹介された「協調型リーダーシップ」とびったり符号します。

 

戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ

戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ

 

 名著「失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)」の続編にあたる本です。この本でリーダーシップの形として「賢慮型リーダーシップ」が挙げられています。特徴は

  • 環境・現場を直感し、その中に身を置いて細部の語りかけを察知する
  • 総合したビジョンにおいて直感を対局と関係付けて現実の本質を洞察する
  • 他者とコンテキストを共有して、共通感覚を醸成する
  • コンテキストの特質を察知する
  • コンテキストを言語・概念で再構成する
  • 概念を公共善に向かってあらゆる手段を巧みに使って実現する
  • 賢慮を育成する

そのほとんどが現在におけるデザイナーの役割です。偶然でしょうか。

 

 農業社会から工業社会、情報社会を経て知識社会へと移り変わる現在をドラッカーは早くから提言していました。そしてそれは周知の通り現実になっています。本書におけるプロフェッショナルの条件および考え方は、Marc Rettig 氏が提示した "Past", "Present", "Frontier" における "Product design", "Experience design", "Ecosystem design"の遷移と類似する点が多くあります。

 

全脳思考

全脳思考

 

 Marc Rettig 氏は抽象具象のレイヤーとして、"Form", "Structure & Process", "Identity & Purpose" の3つを定義していました。具体レイヤーだけで考えるのではなく、抽象レイヤーまでさかのぼって、それからまた具体レイヤーへ戻ってくる。いわゆる U理論 の応用なのですが、本書ではそのU理論が詳しく説明されています。