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日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか (講談社選書メチエ) - 小谷賢 著

 読了。

日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか (講談社選書メチエ)

日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか (講談社選書メチエ)

 

日本軍の敗戦経緯は、大企業のありかたと情報活用(リサーチ -> 分析)および事実を元に意思決定することの重要さを現在に伝える貴重な思考材料として読んでいます。当時の大本営のありかたと現在の企業組織を照らし合わせたり、諜報活動(インテリジェンス)=リサーチと読み替えると学びがたくさんあります。名著と言われる失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)、その続著である戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ、また大戦当時情報部に在籍した方の戦記である大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇などを読んだ流れで本書にたどり着きました。

日本帝国軍のインテリジェンス活動を陸軍海軍に分けて紹介。また時系列的には戦中だけでなく、太平洋戦争以前および戦後の活動も網羅的に取り上げています。

読み解いていくと、情報を活用できなかった当時の組織的な問題が浮かび上がってきます。人材の適所適材、作戦部の情報軽視および独善的な情報収集と主観的な意思決定、情報リクワイアメントの欠如などなど。

これらの問題は企業戦略における情報活用=リサーチに対する姿勢について考えさせられると感じました。特に短期的な成長を重視する、比較的若い企業に在籍する人にとっては耳の痛い話だと思います。以下、ポイントを挙げます。

独立性を欠いたインテリジェンスとリサーチ

当時の組織は作戦を立案する作戦部とインテリジェンスを行う情報部が分化されていましたが、作戦部が花形となっており、優秀な人材が集中していたようです。自然、情報部の権限は弱まり、本来二人三脚で作戦を立案すべきだった体制は崩れます。作戦部がやりたい作戦のためのインテリジェンスが作戦部によって片手間に行うようになり、彼らの主観に基づく情報のみが取捨選択され都合の良い意思決定に使われたようです。

私の現場では、リサーチのみを担当する部署はありません。リサーチの必要性は十分理解しているのですが、専任を充てるほどには至っていません。そういう状況では、プロジェクトに応じて必要な情報をアドホックに取得し分析するしかありません。その場合、すでに「このような結果が欲しい」というゴールがなんとなく見えてしまっているため、その目的に応じたリサーチプランを立ててしまいがちです。またコストやリソースの関係上、分析に時間をかけることができなかったり、その道のプロフェッショナル不在のまま担当者がトライアンドエラーで分析を重ねたり。。データを集めてそれらしく企画を立てていますが、主観的な都合の良い意思決定をしているのかもしれません。

情報の取得と活用の時間差

本書では情報を、短期的に使う戦術的インテリジェンスと、長期的に活用される戦略的インテリジェンスに分類しています。そして、戦術的インテリジェンスは情報の入手と利用の時間差を小さくしないと、時間経過とともにその情報に触れる人のイマジネーションに晒され、様々な視点や組織的保身からの意見が混ざり情報純度が下がっていくと書かれていました。

身の回りでよく起こっているのですが、調査分析および企画だけはとりあえず先に済ませておいて、実行はリソース調整がついてから・・・というケースがあります。このような場合、立案した企画が実現されることはほぼありません。その分析結果や企画書を見る人が増えれば増えるほど、様々な角度からのフィードバックが差し込まれます。当初レアケースだと想定していたことに対しても詳細な分析が追加で必要になったり、開発の実現性であやが付いたり・・そうして当初の企画意思は薄れ、プロジェクト自体がなかったことになっていきます。

近年は開発手法としてアジャイルやビジネス手法としてリーンなどが注目されています。これらは MVP の定義によるクイックなリリース、ユーザーからのフィードバックをもとにした改善イテレーションがコアになっています。「走りながら考える」ことが重視されていると言っていいでしょう。マーケットシチュエーションや顧客のニーズが速いスピードで変化するため、ゆっくり腰を据えた大規模リサーチは無用、もしくは運用の難しいものになっているのかもしれません。

組織的に考え続けるということ

長期的政策的なインテリジェンスに関して、本書では情報を一元的にとりまとめる組織が必要であったと考えられています。事実、当時英米にはそのような機関があり日本には中長期的に状況を判断するセクションがなかった。それにより日本におけるインテリジェンスには各部署の主観や憶測が混ざり、組織間軋轢によって鮮度が失われ、楽観的ないし希望的観測のもとに判断され、事実にもどついた意思決定ができなかったのでは?ということです。

民間企業では経営企画のようなセクションが長期展望をみながら事業成長戦略を描くことが多いのではないでしょうか。しかしそのためのマーケットリサーチや顧客リサーチなどは誰が担うべきでしょうか?本書では情報取得から利用までのタイムラグを克服するための方法として「頻繁に更新する」ということが挙げられています。頻繁にマーケット情報や顧客情報を更新するためには、それを前提とした組織のあり方が望まれそうです。少なくともプロジェクト毎に片手間で行う調査分析では満たすことができないでしょう。戦略立案部署とは独立した調査部門があれば解決できるのでしょうか。外部環境は矢継ぎ早に変わっていくので、本気でキャッチアップして事実をベースに意思決定をするためには必要な組織パーツなのかもしれません。

合意形成重視の意思決定プロセス

これは日本軍を分析した本には大抵書いてあることですが、本書においても当時の政策決定過程で重視されたのは、組織間のコンセンサスであり情報ではなかったとことが書かれています。それにより、迅速で柔軟な意思決定が苦手だったとも。

そのプロセスはおおよそ以下のようだったそうです。 -- 1. まず課長級が中心となり部内の意見をとりまとめ、2. そこから上層部へエスカレーションおよび決済を経て試案が生み出される。3. また同時に関係各所との調整が入る。その結果、政策決定過程で必要とされるのは情報に基づいた合理的な案ではなく、各組織の合意を形成できるような玉虫色の案とネマワシとなり、そこに多大な時間と労力が割かれる。このシステムではどのような決定的情報が入手できても、そのタイミングが情勢判断時でないと有効に利用できない。 -- これはある程度大きな企業に務めている方にとっては耳の痛い話ですね。

このように合意形成に苦心するあまり主観的判断が助長され、合理的思考が組織内で埋没する例は多いのではないでしょうか。また、この過程で誰かが他社の成功事例を持ち出すと、チームの合理的思考が停止して盲目的に競合が提供している機能やサービスをコピーし始める。これもよくありそうな話です。

本書を参考にするとこれは組織的な問題であり、意思決定の中枢にまとまった情報が定期的に集まらないと、主観的判断が助長するのは当然のようです。

価値のある分析結果が意思決定者へ定期的に提供され、その内容をもとに合理的な戦略が立案される。調査分析組織は独立性を保ち、多数のリソースから客観的情報を集め精度の高いアウトプットを出し続ける。

私の現状からするとちょっと夢のようなシチュエーションですが、70年以上昔の組織課題と現在私が感じていることに符合する点が多数あるため、変化の早い中を組織的に生き抜くためには活かすべき教訓ではないかと思います。

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

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戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ

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大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)

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