モニターの向こうがわ

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日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか (講談社選書メチエ) - 小谷賢 著

 読了。

日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか (講談社選書メチエ)

日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか (講談社選書メチエ)

 

日本軍の敗戦経緯は、大企業のありかたと情報活用(リサーチ -> 分析)および事実を元に意思決定することの重要さを現在に伝える貴重な思考材料として読んでいます。当時の大本営のありかたと現在の企業組織を照らし合わせたり、諜報活動(インテリジェンス)=リサーチと読み替えると学びがたくさんあります。名著と言われる失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)、その続著である戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ、また大戦当時情報部に在籍した方の戦記である大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇などを読んだ流れで本書にたどり着きました。

日本帝国軍のインテリジェンス活動を陸軍海軍に分けて紹介。また時系列的には戦中だけでなく、太平洋戦争以前および戦後の活動も網羅的に取り上げています。

読み解いていくと、情報を活用できなかった当時の組織的な問題が浮かび上がってきます。人材の適所適材、作戦部の情報軽視および独善的な情報収集と主観的な意思決定、情報リクワイアメントの欠如などなど。

これらの問題は企業戦略における情報活用=リサーチに対する姿勢について考えさせられると感じました。特に短期的な成長を重視する、比較的若い企業に在籍する人にとっては耳の痛い話だと思います。以下、ポイントを挙げます。

独立性を欠いたインテリジェンスとリサーチ

当時の組織は作戦を立案する作戦部とインテリジェンスを行う情報部が分化されていましたが、作戦部が花形となっており、優秀な人材が集中していたようです。自然、情報部の権限は弱まり、本来二人三脚で作戦を立案すべきだった体制は崩れます。作戦部がやりたい作戦のためのインテリジェンスが作戦部によって片手間に行うようになり、彼らの主観に基づく情報のみが取捨選択され都合の良い意思決定に使われたようです。

私の現場では、リサーチのみを担当する部署はありません。リサーチの必要性は十分理解しているのですが、専任を充てるほどには至っていません。そういう状況では、プロジェクトに応じて必要な情報をアドホックに取得し分析するしかありません。その場合、すでに「このような結果が欲しい」というゴールがなんとなく見えてしまっているため、その目的に応じたリサーチプランを立ててしまいがちです。またコストやリソースの関係上、分析に時間をかけることができなかったり、その道のプロフェッショナル不在のまま担当者がトライアンドエラーで分析を重ねたり。。データを集めてそれらしく企画を立てていますが、主観的な都合の良い意思決定をしているのかもしれません。

情報の取得と活用の時間差

本書では情報を、短期的に使う戦術的インテリジェンスと、長期的に活用される戦略的インテリジェンスに分類しています。そして、戦術的インテリジェンスは情報の入手と利用の時間差を小さくしないと、時間経過とともにその情報に触れる人のイマジネーションに晒され、様々な視点や組織的保身からの意見が混ざり情報純度が下がっていくと書かれていました。

身の回りでよく起こっているのですが、調査分析および企画だけはとりあえず先に済ませておいて、実行はリソース調整がついてから・・・というケースがあります。このような場合、立案した企画が実現されることはほぼありません。その分析結果や企画書を見る人が増えれば増えるほど、様々な角度からのフィードバックが差し込まれます。当初レアケースだと想定していたことに対しても詳細な分析が追加で必要になったり、開発の実現性であやが付いたり・・そうして当初の企画意思は薄れ、プロジェクト自体がなかったことになっていきます。

近年は開発手法としてアジャイルやビジネス手法としてリーンなどが注目されています。これらは MVP の定義によるクイックなリリース、ユーザーからのフィードバックをもとにした改善イテレーションがコアになっています。「走りながら考える」ことが重視されていると言っていいでしょう。マーケットシチュエーションや顧客のニーズが速いスピードで変化するため、ゆっくり腰を据えた大規模リサーチは無用、もしくは運用の難しいものになっているのかもしれません。

組織的に考え続けるということ

長期的政策的なインテリジェンスに関して、本書では情報を一元的にとりまとめる組織が必要であったと考えられています。事実、当時英米にはそのような機関があり日本には中長期的に状況を判断するセクションがなかった。それにより日本におけるインテリジェンスには各部署の主観や憶測が混ざり、組織間軋轢によって鮮度が失われ、楽観的ないし希望的観測のもとに判断され、事実にもどついた意思決定ができなかったのでは?ということです。

民間企業では経営企画のようなセクションが長期展望をみながら事業成長戦略を描くことが多いのではないでしょうか。しかしそのためのマーケットリサーチや顧客リサーチなどは誰が担うべきでしょうか?本書では情報取得から利用までのタイムラグを克服するための方法として「頻繁に更新する」ということが挙げられています。頻繁にマーケット情報や顧客情報を更新するためには、それを前提とした組織のあり方が望まれそうです。少なくともプロジェクト毎に片手間で行う調査分析では満たすことができないでしょう。戦略立案部署とは独立した調査部門があれば解決できるのでしょうか。外部環境は矢継ぎ早に変わっていくので、本気でキャッチアップして事実をベースに意思決定をするためには必要な組織パーツなのかもしれません。

合意形成重視の意思決定プロセス

これは日本軍を分析した本には大抵書いてあることですが、本書においても当時の政策決定過程で重視されたのは、組織間のコンセンサスであり情報ではなかったとことが書かれています。それにより、迅速で柔軟な意思決定が苦手だったとも。

そのプロセスはおおよそ以下のようだったそうです。 -- 1. まず課長級が中心となり部内の意見をとりまとめ、2. そこから上層部へエスカレーションおよび決済を経て試案が生み出される。3. また同時に関係各所との調整が入る。その結果、政策決定過程で必要とされるのは情報に基づいた合理的な案ではなく、各組織の合意を形成できるような玉虫色の案とネマワシとなり、そこに多大な時間と労力が割かれる。このシステムではどのような決定的情報が入手できても、そのタイミングが情勢判断時でないと有効に利用できない。 -- これはある程度大きな企業に務めている方にとっては耳の痛い話ですね。

このように合意形成に苦心するあまり主観的判断が助長され、合理的思考が組織内で埋没する例は多いのではないでしょうか。また、この過程で誰かが他社の成功事例を持ち出すと、チームの合理的思考が停止して盲目的に競合が提供している機能やサービスをコピーし始める。これもよくありそうな話です。

本書を参考にするとこれは組織的な問題であり、意思決定の中枢にまとまった情報が定期的に集まらないと、主観的判断が助長するのは当然のようです。

価値のある分析結果が意思決定者へ定期的に提供され、その内容をもとに合理的な戦略が立案される。調査分析組織は独立性を保ち、多数のリソースから客観的情報を集め精度の高いアウトプットを出し続ける。

私の現状からするとちょっと夢のようなシチュエーションですが、70年以上昔の組織課題と現在私が感じていることに符合する点が多数あるため、変化の早い中を組織的に生き抜くためには活かすべき教訓ではないかと思います。

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

 
戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ

戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ

 
大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)

大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)

 

 

 

読みたい本 2014年3月 - その2

「印象の工学」とはなにか―人の「印象」を正しく分析・利用するために-大沢光

 とある資料をslideshareで見てこの本の言及が(少しだけ)あった。仕事上、印象度調査やブランド認知調査を行うことがあり「印象」というデリケートで言語化しにくいものを数値に置き換えたりするときに悩むことがある。

「被験者は自分の印象を正しく答えてくれているだろうか?」

デザインリサーチやユーザビリティテストにおいて、「なぜそのボタンをクリックしなかったのか」「なぜそのビジュアルからそのようなイメージを受け取ったのか」「なぜ競合のサイトの方がUIがキレイだと思ったのか使いやすいと思ったのか」と置き換えてもいい。作る側としてはこういった調査をベースに仮説構築するので、最初のヒアリングで失敗すると全てが失敗してしまう。

おおよそそのようなリサーチにおいて、被験者が言ったことは真に受けてはいけないものなので、観察に比重を置くのが常です。また、ラダリングという手法があり、被験者がやったこと言ったことを抽象化して、「なぜそう思ったのか」「なぜそうしたのか」の本質を類推する方法もあります。個人的にラダリングは普段の仕事の中で多用しているので、また別の機会にまとめたいと思っています。

・・ということをいつも悶々と考えているので、本書のタイトルには興味をひかれる。ただAmazonでは欠品だし(出品者からは買える)最寄りの図書館にもないようなのでどうしよう。電子版がリリースされるのを待つしかなさそうです。

「印象の工学」とはなにか―人の「印象」を正しく分析・利用するために

「印象の工学」とはなにか―人の「印象」を正しく分析・利用するために

 

 

 

左脳右脳、点と面、およびストーリー構築について

物語の作り方/感動させる技術 - デマこいてんじゃねえ!

読みました。インスパイアされたもの、自分の中で繋がったものを3つほど書きます。(この記事に関して何か言うつもりはまったくありません)

「あたしセンスないんですけどー」という言い訳

物語に必要なのはセンス、と考えている人が多いが、実際は技術あってのセンスである。と述べられています。ここで技術とは「フレームワーク」と言い換えることもできます。仕事においてもフレームワークをガリガリ使って未知のものを理解しやすく分解できる人は尊敬します。反面、ひらめくような直感で常人では考えられないスピードと確度で仮説を構築してしまう人も尊敬します。

フレームワークと直感、技術とセンス、左脳と右脳。行ったり来たりしながら何かを創ったり仕事したりするのですが、中にはセンスがないというだけで技術の研鑽を怠る人がいます。

デザインの仕事をしていると、一緒に仕事をする非デザイン出身の人(プロデューサーなど)がデザインアウトプットをレビューするときに

「あたしセンスないんですけどー」

と前置きした上で、とんでもなく的外れなフィードバックを返してくることがあります。こういう人は自分なりのロジックを説明するわけではなく、ただ単に自分の感性(センスはないと自称しているのだが)のみを頼りに訳の分からないことを言ってきます。

これは自省も含め、自分の専門外の分野に何か口をだすときは必ずこれまで自分が培ってきた自分なりのロジックで相手に説明をするようにしたいものです。

UX デザインにおける「要素」と「配列」

そもそも物語は、「要素」と「配列」から成り立っている。

映画館を出たときに友人とどんな会話を交わすだろう。「あのセリフがよかった」「あのシーンが楽しかった」「あの役者の演技にしびれた」……それらは物語の「要素」だ。しかし、どんなにいいセリフも、タイミングを外せば寒いだけだ。どんな名シーンも、話の筋と無関係に提示されたら観客は混乱するだろう。「要素」を詰め込むだけでは物語は完成しない。それらを適切な「配列」に並べて初めて、観客を感動させられる。

評論家は、物語の「要素」に注目する場合が多い。「配列」に言及する場合はまれだ。「要素」と「配列」のどちらに興味を持つのか。これが物語を創作する人間と、それを消費するだけの人間との分水嶺になるのだろう。

「要素」と「配列」を「点」と「面」と理解しました。Webやアプリデザインにおける点は「画面単位のユーザビリティ」、面は「サービス全体を利用前後も含めた体験」と置き換えることができそうです。画面単位でどれだけ頑張っても、ナビゲーションが悪ければ体験は損なわれるし、そもそもサイトにどうやって来たのか?がサービスを使う動機付けやユーザーの期待値に影響します。

よく、体験をデザインする人は指揮者のように全体を俯瞰すると言われます。評論家のように点だけで品質を見るのではなく、ユーザーの理解を通じて全体を設計する。どちらも時と場合によって使い分ける必要がありそうです。

ヒーローズ・ジャーニー

記事の中で言及されている「ハリウッド式三幕構成」とはヒーローズ・ジャーニーと呼ばれるものだと思います。以前の記事でもご紹介した本「全脳思考」でこのモデルが紹介されていました。物語は一次関数的直線的にクライマックスへ向かうのではなく、いくつかの山なりをギザギザに形成しながら進んでいきます。おおよそ33%時点と80%時点で大きな転換があるのが常なようです。

手書きのメモで恐縮なのですが、ヒーローズ・ジャーニーは以下のステップを踏みます。

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  1. 偏狭な今までの認識
  2. 変化への拒否
  3. メンターとの出会い
  4. 変化への一歩
  5. 最初の変化の試練
  6. 大きな変化への準備
  7. 大きな変化・試練
  8. 進歩と後退
  9. 変化への再挑戦
  10. 最後の変化
  11. 解決

ここまで細かいと起承転結よりもだいぶ扱いやすそうですね。

また本書の中では、このモデルはストーリーだけでなく、プロジェクト進行にも当てはまると説明されています。予め33%と80%時点で大きなトラブルが起きる、など予見の参考に、また意図的にストーリー仕立てにすることでメンバーのモチベーションアップに、など使えそうです。

全脳思考

全脳思考

 

 

ソシオメディア UX 戦略フォーラム 2014 Spring

ソシオメディア UX 戦略フォーラム 2014 Springに参加してきました。FIt Associates LLCの創設者である Marc Rettig 氏をメインスピーカーに向かえ、3月10日と12日の二日間に渡って開催されたフォーラムです。

ソシオメディア | ソシオメディア UX戦略フォーラム 2014 Spring

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近頃は UX に関するメソッドやプロセスなどは日本語でも十分に拾うことができ、また 経営陣が UX そのものの価値について理解があるというシチュエーションも珍しくなくなってきていると思います。UX という概念の認知としては、ある意味成熟期に入りつつあると言っていいのかもしれません。しかしそういうフェーズならではの課題 -- 組織的に取り組むにはどうすれば -- が浮かび上がっています。そういう経緯からか、UX がプロジェクトマネジメントもしくは組織経営といった文脈で語られる場面が多いと感じます。

本フォーラムの呼びかけもそういった色が強く、また参加者についても同じような課題を持った方が多かったような印象を持ちました。

詳細については上述したリンクを参照していただくことにして、以下私が個人的に持ち帰ったインサイトを紹介いたします。

Design for Experience

Marc Rettig 氏が「UX ではなく Design for Experience」と言っていたのが印象的でした。User にフォーカスを当ててしまうと、何か利用者や顧客をモデル化する(ペルソナを作る)のが目的になってしまいがちで、デザインにおける重要なプロセス(課題を発見する)が欠落してしまう可能性があるとのことです。

一時期はペルソナをパーソナリティまで詳細に定義していた時期がありました。しかし最近では Lean や Agile の流れもあり、より素早く作れて周囲にも共感を得やすい要素に絞ったプラグマティックな方法が一般的です。

ユーザー定義に過度にこだわるよりも、体験が解決すべきターゲットであるという課題設定の仕方は納得感が高いです。

人は見ようとしているものしか見えない

これはデザインリサーチの文脈で語られていました。Awareness Test という動画があります。


Test Your Awareness: Do The Test - YouTube

人は予め問題が定義されていると、それ以外のものに目を向けなくなるようです。逆にいうと人間の集中力が発揮されているのかもしれませんが、顧客の潜在的なニーズに目を向けて課題を解決していく UX の文脈においては、それが制約になってしまいます。

リサーチの設計をするときは「何を知りたいか、リサーチの目的をちゃんと設定してから設問を設計する」というのがセオリーです。ただ、これは旧来然とした、例えばマーケットリサーチなどにおいては有効なものかもしれませんが、デザインリサーチにおいては必ずしも当てはまるわけではないようです。

デザインリサーチについて、もっと理解を深める必要があると感じました。

バブル

対象物を見る際のパースペクティブを、氏は「バブル」と呼んでいました。プロダクト/サービスには企業のバブルから見る面と顧客のバブルから見る面があります。その融合点を「タッチポイント」と表現していました。そこにあるのが UX だと思うのですが、UX デザイナーはそれら二つのバブルを仲介や翻訳して橋渡すのではなく、二つを大きなバブルで包むことが役割であるようです。

この表現はとても分かりやすく、最近よく聞く「顧客をメンバーに加えたチーム」などといったテストドリブンなチーム編成や開発手法のベースにもなっているように思えます。

またこのバブルは組織間にも存在しています。「タコツボ」とか「サイロ」などで言われることが多いのですが、組織のバブル同士があまりに離れていると、セクショナリズムに陥っていまい、UX の根幹である協調デザインに支障をきたします。UX デザイナーという職種は、企業と顧客をつなげるだけでなく、組織における関係者をもつなぐことも、大事なミッションです。

複雑さをどう理解するか

人々の生活は日に日に複雑になってきています。その生活の中で抱える問題も同じく複雑になっており、それらの課題をどう解決するか、新しい未来やビジョンをどう提示するか、が企業の存在価値になってきています。

一昔前までの Product Design 的手法では顧客の複雑さが把握できない・・その問題を乗り越えるために出てきたのが UX です。

では、その複雑さをどう理解すればいいのでしょうか。

Marc Rettig 氏は複雑さを3つに分解し、それぞれに用いるべきアプローチを紹介してくれました。

問題の複雑さの類型

  • Social: 考え方や興味の多様化
  • Dynamic: 因果関係の弱化(時や場所によって様々に変わる)
  • Generative: 予見性の低さ

それぞれへの対応アプローチ

  • Participantory: 顧客をまきこんだデザインプロセス
  • Systemic: 体系だった俯瞰。個別対応ではなく。
  • Emergence: 活動や組織のたえまないadjust と improvement

上記のように、顧客の課題やニーズは絶えず変化し、再現性・予見性が低いゆえに旧来のアプローチでは顧客を理解することはできず、またこれまでのベストプラクティスや成功事例の適用も難しくなっています。我々企業側はこれを深く認識し、メソッドやプロセスなどについても本質まで噛み砕いて学習し、コンテキストにあわせて柔軟に適用する必要がありそうです。

Everything depends

質疑応答では参加者が抱える課題が Marc Rettig 氏に投げかけられました。彼の回答はほとんど以下の言葉で始まっていました。

"It depends(場合によるね)"

黄金則が機能しない状態、つまり環境の複雑化やソリューションの多様化を彼のこの言葉がよく表していると感じました。もちろんその後彼は自分の経験に基づいて我々にヒントを与えてくれました。興味深いことに、ほとんどの質問への答えは「傾聴すること」「謙虚になること」に集約されていました。

謙虚に傾聴すること

彼は「組織の幹部がUXの価値を理解してくれないときにどうすれば良いか」という質問に対し、こう答えていました。

「UX の価値を説得しようとするのではなく、相手の課題を理解することが大事」

顧客の課題が複雑であるように、企業内における問題も複雑になってきています。エビデンスを用意して幹部を説き伏せるのではなく、経営者が抱える課題を聞いて相互理解を深める、人間関係を築く、意見交換をする、といった姿勢が大事なのです。

顧客について何も知らないことを謙虚に認めるところからスタートし、観察を通じて課題を発見する。解決策の創出にあたっては独善的に進めるのではなく他部署・社内外と協調してそれぞれの立場からの見解を取り込んでいく。

フレームワークを駆使したり、ビックデータから行動を分析したりといった方法とは全く違うアプローチです。

まとめ

前述しましたが、UX デザインについてメソッドやプロセスなどはもはや語りつくされた感があります。実践者が現場でそれらを適応する中で、これまでと違った壁に突き当たり、その中から組織的な転換や根本的な考え方の変化が求められて「UX 戦略」といった文脈でディスカッションが展開されているのだと思います。

普段、業務の中では目の前のタスクに追われてなかなかここまで意識することが難しいです。しかし本フォーラムで生の声を聞くことができ、自分が変化の真っ只中にいること、そして自分が変わっていかないといけないことを再認識できました。複雑化した環境だからこそ、小手先のテクニックを追い求めるのではなく、マインドセットのような本質の部分や自己変化への準備こそが実践者として大事にしないといけないことだと感じます。

蛇足ですが、フォーラムの中で語られたうちのいくつかが最近読んだ(UX とは関係ない)本に書かれていたこととリンクしていましたので紹介したいと思います。

 

ファシリテーション入門 (日経文庫)

ファシリテーション入門 (日経文庫)

 

 バブルを繋げるために必要なスキルとしてファシリテーションがあります。本書は入門書だけあって簡潔ですが、リーダーシップという意味でファシリテーションを捉えているのが印象的です。テクニックではなく「なぜそうする必要があるのか」にも言及しています。本書の「支援型リーダーシップ」は本フォーラムで紹介された「協調型リーダーシップ」とびったり符号します。

 

戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ

戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ

 

 名著「失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)」の続編にあたる本です。この本でリーダーシップの形として「賢慮型リーダーシップ」が挙げられています。特徴は

  • 環境・現場を直感し、その中に身を置いて細部の語りかけを察知する
  • 総合したビジョンにおいて直感を対局と関係付けて現実の本質を洞察する
  • 他者とコンテキストを共有して、共通感覚を醸成する
  • コンテキストの特質を察知する
  • コンテキストを言語・概念で再構成する
  • 概念を公共善に向かってあらゆる手段を巧みに使って実現する
  • 賢慮を育成する

そのほとんどが現在におけるデザイナーの役割です。偶然でしょうか。

 

 農業社会から工業社会、情報社会を経て知識社会へと移り変わる現在をドラッカーは早くから提言していました。そしてそれは周知の通り現実になっています。本書におけるプロフェッショナルの条件および考え方は、Marc Rettig 氏が提示した "Past", "Present", "Frontier" における "Product design", "Experience design", "Ecosystem design"の遷移と類似する点が多くあります。

 

全脳思考

全脳思考

 

 Marc Rettig 氏は抽象具象のレイヤーとして、"Form", "Structure & Process", "Identity & Purpose" の3つを定義していました。具体レイヤーだけで考えるのではなく、抽象レイヤーまでさかのぼって、それからまた具体レイヤーへ戻ってくる。いわゆる U理論 の応用なのですが、本書ではそのU理論が詳しく説明されています。

読みたい本 2014年3月

日々インターネットに触れる中で「この本読みたいな」というのに出会うことがあります。紹介しているブログの記事だったりamazonのレビューだったり。そういう場合とりあえずamazonのwish listに放りこんでおいて、時間があるときに近くの図書館で検索したり、楽天のポイントがたまったのを見計らって楽天ブックスで買ったりする購読スタイルです。

ただ、amazonのwish listはメモが残せないので、たまに「この本なんで読みたかったんだっけ?」となるので備忘録的にここに残します。

信長の戦争 『信長公記』に見る戦国軍事学 (講談社学術文庫)- 藤本正行

平野耕太という漫画家の「ドリフターズ」という作品があります。歴史上の人物が同じ世界に放りこまれて・・という物語なのですが、そのなかに織田信長が出てきます。彼のセリフの端々には史実に基づくものがいろいろあり、石山合戦とか伊勢長島とか、意外と知らないことが多いことに気づきました。そこで調べていくうちにkousyoublogさんのこの記事にたどり着きこの本を発見した次第です。織田信長については日本史上の逸材であったのは確かなのですが、その分様々な作品で歪曲もしくは誇張されたイメージしか持っていないのでは?と感じ、読んでみたいと思っています。

信長の戦争 『信長公記』に見る戦国軍事学 (講談社学術文庫)

信長の戦争 『信長公記』に見る戦国軍事学 (講談社学術文庫)

 

ドラッカーさんに教わったIT技術者が変わる50の習慣-恒川裕康

習慣が人間を作るということを現職でいやというほど経験しています。思考様式と行動様式は連環しあい、その繰り返しの中でその人の特徴が形成されていきます。環境から100%フリーになることはできず「毎日何をやっているか」が3年後5年後の自分をつくっていくのです。本書のタイトルは少々釣りっぽいですが、少しでも自分の仕事の仕方や考え方を変えるための発見になればいいなと思います。

ドラッカーさんに教わったIT技術者が変わる50の習慣

ドラッカーさんに教わったIT技術者が変わる50の習慣

 

 

このブログ主について

自分は良いブログを読むと「どんな人がこれを書いたんだろう?」と気になる性分です。このはてなブログには「このブログについて」というメニューがありますが、定形されたテンプレートの情報しか掲載できず拡張性がありません。はてなプロフィールへのリンクがあるにはあるのですが、はてなプロフィールというページに繋がってしまい、デザインや文字の感じにおいて一貫性がないのであまりこの動線は良くないと思っています。

なので、ブログ主についてここに書いておきます。おそらくあとから何度か編集するでしょうし、半年後に自分がこれを読んだら恥ずかしくなってしまって削除してしまうかもしれません。

 

id:beyondyourmonitor

これはこのブログ用に作ったアカウントです。はてなについては他に長く使っているメインアカウントがあるのですが。

1978年生まれのUXデザイナーで、都内の某インターネットサービスプロバイダに勤務しています。「デザイナー」という日本語はとても誤解をまねきやすいのでイヤなのですが、グラフィックデザインの素養はありません。本職のグラフィックデザイナーさんと協業する毎日なので、一緒に考えることは得意ですが。

27歳ぐらいまではインターネットと全く違う世界にいて自分のやりたいことをやってました。ただそれではお金が稼げないと分かったので、その時なんとなく面白そうだったインターネットの世界に足を踏み入れました。

最初の会社はアルバイトで入ったため、そこでたくさんの勉強をさせていただきました。周りの環境もあって、フロントエンドの実装を取り扱うことがメインで、HTMLとかCSSとかJavaScriptとかFlashとかAction Scriptとかがコアスキルになりました。あまり大きくない会社だったので、次第にWebディレクターと言われる職域になり始め、技術面の知識をうまくハンドルするテクニカルディレクターとかいう肩書きを持って仕事をしていました。

2年弱つとめたところでその会社は倒産し、現職に移ります。最初はフロントエンドエンジニア採用だったのですが、ここでもWebディレクター職へと次第に移っていき、IAやUXと言われる専門スキルを現場で身につけつつ現在に至ります。

フロントエンドエンジニアリングでは「どうやって実装するか」=HOWを、WebディレクターやIAでは「何を実装するか」=WHAT、UXデザイナーとしては「なぜそれを実装するのか」=WHY、と微妙にピボットしながらレイヤーを広げています。

現在の職務内容としては、主にビジネス要件・ユーザー要件定義、各種リサーチの設計と実装、サービスのIAやUIの設計、デザインディレクションなど上流から下流までカバーします。ひとつのものを深く追求するというよりは、アンブレラ型にスキルを網羅しそのバランスでバリューを発揮したいと思っています。

扱うビジネスドメインとしては、クレジットカード、グローバルEC、B2B電子書籍などがあります。ここにあまりこだわりはなく、逆にいろんなビジネスを見たいので様々なプロジェクトに参加させてもらっています。

元来の性格からか、0から1を生み出す創造はあまり得意ではなく、物事を2から8くらいにまで引き上げることに楽しみを見出します。誰と働くかに価値を置くことが多く、自分にないものを持っている人を補佐することに喜びを見出す王佐の才です。

趣味はあまりありませんが、最近産まれた娘の育児や家事(料理とか)、コーヒー、写真などです。あと読書をします。あまりスピードは速くありませんが、複数の本を同時並行して読むことができます。

何かを書き残すことも趣味に加えることができればいいなと思っています。

ブログを書こう

「そうだ、ブログを書こう」

そう思ったことがこれまでに何度かある。インターネット産業に足を踏み入れて8年。最新の情報を手に入れたり、困った時に解決策を教えてくれたり。他の人が残してくれたブログの記事のおかげで助かったことが何度あったことか。インターネットの集合知に加わりたい、アフィリエイトで稼げるんじゃないか、キャリアとしてソーシャルプレゼンスを上げるために。色々な理由と動機でブログを立ち上げては放置を繰り返してきた。

「ブログが性に合わない」

三日坊主の度にそう理由付けて、放置する自分を許してきた。Twitterが流行り出してからは、短文でアウトプットするのがデフォルトになり、仕事しながら思ったこととか毎日のくだらないこととかを垂れ流している。それでいいんだけれども、垂れ流して構わない内容ならそれでいいんだけれども、それだと自分が考えていることや考えていたことも流れてしまい、自分を形成するものが何なのかが自分でも分からなくなる。

瞬間的に思いついたことをちゃんと構造化して文章に残すことをやりたい。その過程で思考を言語化する癖を付けて、他の人に伝えることが出来るようになりたい。35歳にしてそう考え、また三日坊主になることに恐れを抱きながら、このブログを立ち上げた。